大判例

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東京高等裁判所 昭和41年(う)1963号 判決 1967年1月31日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二〇〇〇円に処する。

右罰金を完納できないときは、金二五〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

原審及び当審の訴訟費用は全部被告人の負担する。

理由

<前略>

本件現場の信号機の信号は、青色、黄色及び赤色の三色の燈火を備えた横型式のもので、青色、黄色及び赤色の順序で順次に点滅する仕組みのものであるが、青色の燈火は、黄色の燈火にかわる直前の二秒間、あたかも人がウインクするように七回にわたつて減光する仕掛けになつていること並びに道路交通法施行令第二条は、信号機の表示する信号の種類、表示の方法及び信号の意味について詳細な規定を設けており、青色、黄色及び赤色の各燈火の外に、特に黄色の燈火の点滅及び赤色の燈火の点滅については規定を設けているが、青色の燈火の点滅ないし減光については何等の規定を設けていないことは、いずれも原判決の指摘するとおりである。

又、道路交通法の目的は、同法第一条が規定しているとおり、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図ることにあるのであり、しかも、一しゆんの遅疑や不注意が交通事故の原因となるものであることを考慮すれば、交通法規の解釈は厳格にすべきものであつて、安易な拡張解釈等を許すべきものではなく、信号機の表示する信号の種類、表示の方法及び信号の意味についても、法規に規定されていない種類の信号や表示の方法を設け、これに特別な意味を持たせることは許されるべきではないとする原判決の見解も、また原則的にはこれを首肯することができる。

ところで、本件現場の信号機の信号が、青色の燈火が、黄色の燈火にかわる直前の二秒間、前記のように、主として車両を運転する者に対して、青色の燈火が間もなく黄色の燈火にかわることを予告、警告して適初な措置をとらせ、これによつて、交差点の直前で青色の燈火が突如黄色の燈火にかわつたため、急停車して後続車に追突されたり、停止線を突破して、横断歩道の上や交差点の中で停止して他車の交通等を妨害するような事態が発生することを回避しようとするためのものであることは、これを首肯することができないわけではないが、他面原判決も指摘しているように、法規に明記されていない、このような方法の信号の表示は、これを見たしゆん間、誰でもが、当然、直ちにその意味を理解することができるものとはいいきれず、初めてこのような方法の信号の表示を見た車両を運転する者が、一しゆんその意味の理解に当惑し、あわてて急停車したため、却つて後続車に追突されること等の危険がないとは保障できないと認められることを考慮すれば、必らずしも、このような方法の信号の表示が、法規の規定をまつまでもなく、常に当然、道路における危険の防止その他交通の安全と円滑に寄与するものとはいいきれない。

もつとも、本件現場の信号機の信号の青色の燈火は、単に減光するだけで、一時燈火の光度がうすくなるものの、依然として青色を表示しているものであり、又道路交通法施行令第二条は、特に青色の燈火が常に同一の光度で表示していなければならないとも規定していないのであるから、本件現場の信号機の信号の青色の燈火は法規が規定している青色の燈火の信号たる性質を失うものではないとする見解がありうるかもしれないが、同条は、前記のように、黄色の燈火の点滅及び赤色の燈火の点滅について、特にいずれも規定を設けて、それぞれ特別の意味を持たせているが、青色の燈火の減光については何等の規定も設けられておらず、又青色の燈火が減光すれば、前記のように、車両を運転する者に、その意味の理解に当惑させるおそれがありうることを考慮すれば、本件現場の信号機の信号の青色の燈火を直ちに法規が規定している青色の燈火の信号と認めることには疑があり、これに前記のような特別の意味を持たせるとすれば、法規によつて、その表示の方法と信号の意味を規定するのが相当と思われる。

しかし、道路交通法の解釈も、いたずらに厳格一点張りにすべきものではなく、その目的に照らして、これを合理的に解釈すべきものと思われるのが、信号機は、同法第四条が規定しているように、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要があると認められたために設置されるものであり、青色の燈火の信号は進んでもよいことを意味しているだけのものにすぎないから、交通の円滑を図る上においてはそれ相当の意味があるとしても、道路における危険を防止し、その他交通の安全を図る上においては、左程重要な意味はなく、これに反して、黄色及び赤色の各燈火の信号は停止しなければならないことを命じているものであるから、右法条の目的を達成するについて、極めて重要な役割があると認められることを考慮すれば、本件現場の信号機の信号の青色の燈火が、黄色の燈火にかわる直前の二秒間、前記のように減光する表示の方法やその意味の法律上の効力がどうあろうとも、これに順次に連続して表示さる黄色及び赤色の各燈火の信号の法律上の効力までを無効とすることは本件現場に信号機を設置したことを無意味にするものであつて、たとえ原判示のように、信号機の信号は、本来は、原判決も説示しているように、青色、黄色及び赤色の三色の燈火が各独立せず、順次に連係して点滅する仕組みになつているとしても、いやしくも信号機が設置してある場所である以上、信号が黄色又は赤色の各燈火を表示しているのに、これを無視して進行を続けることは許されないものと解すべきであり、なお仮りに青色の燈火の減光の信号の法律上の効力が否定されるとしても、他の黄色及び赤色の各燈火の信号の法律上の効力をも同時に否定しなければならないとする合理的な理由はないものと思われるから、原判決が、本件信号機の信号の青色の燈火が前記のように減光することを理由として、右信号機の信号が全部法律上無効であると判断したことには賛成しかねる。

結局、当裁判所は、本件信号機の信号の青色の燈火が減光することの法律上の効力については疑があるとしても、これに順次に連続して表示される黄色又は赤色の各燈火の信号はいずれも法律上有効のものと考えるから、右信号機の信号を全部法律上無効のものと判断した上、被告人に無罪を言い渡した原判決には、法令の解釈、適用を誤まつた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであつて原判決は破棄を免れず、論旨は、理由がある。<後略>(河本文夫 小俣義夫 藤野英一)

≪参考≫原審判決の主文並びに理由

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、「被告人は、昭和四一年三月五日午後一時五五分頃、堺市鉄砲町交差点で、信号機の信号が、注意の表示をしているのに、これに従わないで、国道二六号線を北から南へ向け、右交差点に入つたものである。」というのである。

右公訴事実中、信号無視の点を除いて、その余の事実は、すべて被告人が当公判廷で自認しているし、証人藤井直俊尋問調書を総合してこれを認めることができる。

被告人は、「本件現場へ来た際、本件信号機の信号が青色の点滅をしていたので、その儘交差点内に進入するのをためらい、軽くブレーキを踏んで速度を落したが、その点滅中に、後続車が私の車を右側から追い抜いて交差点に入つたので、入つてよいものと思い、自分も入つたが、その時は右信号は、やはり青色の点滅をしていたと思う。」と主張する。

そこで、本件犯罪の成否については、まず、被告人が主張するように、右信号機の青色燈火が点滅していたかどうか、つぎに、これが点滅していたとすれば、左様な表示方法が法令上あるいはその解釈上許されるものかどうか、更に、それが許されるとすれば、被告人が公訴事実記載のように、注意信号を無視して交差点へ入つたかどうかの三点を検討する必要がある。

本件信号機の燈器及びその信号状況、とくに、青色燈火の表示状況であるが、当裁判所がストツプウオツチを使用して検証した結果及び証人藤井直俊尋問調書を総合すれば、右信号機の燈器は、青、黄、赤の三色を備えた横型式で、その燈器は右の順序で、青が三〇秒間、黄が四秒間、赤が二〇秒間点ずるのであるが、一燈火が点ずる瞬間、前の燈火が滅し、循環的に連係して信号の性能を発揮していること、右青色燈火は右三〇秒間のうち、滅する前の二秒間を滅するのではなく、恰も人がウインクするように、七回減光する。そして、この減光時の燈火もやはり青色を表示し、通常、この状況を青色燈火の点滅といい、取り締まる側も運転者も、ともに青色燈火として取り扱つていること、その意味は、間もなく注意信号になるという警告であること及び当時も、右のように、三燈火が連係して点滅し、青色燈火が減光していたことが認められる。

ところで、この青色燈火の表示が点滅するのではなく、単に減光しているに過ぎない場合でも、やはり、それが法令上あるいはその解釈上許されるものかどうかが検討されなければならない。そもそも、道路交通法の目的は、同法第一条に示されているように、道路における危険を防止し、交通の安全と円滑を図るにあることはいうまでもなく、同法第四条の信号機の信号及び同法第五条の警察官の手信号等による規制も、右の目的を達成すること以上に出るものではない。そして、右第四条第四項に基づく道路交通法施行令では、その第二条第一項において、信号機の表示する信号の種類、表示の方法及び意味を詳細にしているのであるが、この規定は、前記、道路交通法の趣旨に照らし、厳格に解すべく、信号機の信号については、同条所定以外の種類及び方法を講じ、意味を附することを許さないものと解するのが相当である。そうすると、本件青色燈火の減光が、右施行令第二条第一項所定の「進め」の表示方法である「青色の燈火」と異なるものかどうかが問題となるのであるが、同条項に所謂「青色の燈火」とは、右条項を厳格に解すべきこと及び同条項に、「注意進行」、「一時停止」の表示方法として、それぞれ黄色、赤色燈火の点滅としているのに徴すれば、これが点じている間、つまり、注意信号である黄色燈火に変わるまでの間、終始その表示が一定不変であること、すなわち、青色燈火そのものであることを内容としているものといわなければならない。本件青色燈火についてこれをみれば、さきに認定したように、減光するにもせよ、青色を表示しているのであるから一応、青色燈火とは、いえるとしても、その表示が一定していないし、青色燈火そのものとはいえない。従つて、本件青色燈火の表示方法は、右施行令第二条第一項所定の所謂「青色の燈火」とは異なるものと解すべきである。仮に、一歩を譲り、本件青色燈火が減光しても、それは、右条項の青色燈火であると解するにしても、果たしてか様な表示方法が許されるかどうかは別論で、更に、この点を検討してみよう。今日では、都市の大小を問わず、その主要道路が殆んど整備舗装され、自動車交通が長距離化してきており、特定の都市に限られたことではない。運転者の中には、未知の土地へ、予備知識もなく、入る者の多いことは、世上、よく聞知するところであり、職責上、数ある略式命令請求事件記録を検討しても知り得るところである。かような運転者に、道路上の危険の防止、交通の安全を要求するには、交通規制が普遍的であるべく、法令に基づかないかぎり、区々であることは許されない。被告人もその一人であるが、かような信号の表示方法に躊躇し、ブレーキを踏む者があることは否めない。とすると、この表示方法は、前記、道路交通法の目的にも背反し、むしろ、危険の発生を醸成するものといわなければならない。従つて、青色燈火としてのかような態様の表示方法は許されないと解すべきである。そして、右施行令第二条第一項には、この表示方法が解釈上許されるような文言もなく、他にこれを正当化する規定は勿論、法令も見当らない。

以上の次第で、本件信号機の青色燈火の表示方法は、法令に違反したもので無効というべく、冒頭に認定したように、青、黄、赤の三信号燈火が各独立せず、循環的に連係して点滅している以上、三燈火一体としてはじめて信号としての拘束性が認められるべきもので、青色燈火が無効である本件信号機の他の燈火、黄、赤による信号も亦無効で、その拘束性はないと解すべく、従つて、被告人が本件信号機の表示する注意信号である黄色燈火に従わなかつたかどうかの点を判断するまでもなく、その所為は犯罪を構成しない。よつて、刑事訴訟法第三三六条により、被告人に対し無罪の言渡をする。(昭和四一年七月一五日 小山簡易裁判所)

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